統一地方選挙と参議院選挙が重なる今年は“選挙イヤー”だ。
そんな1年の始まりにぜひ見てほしいドキュメンタリー映画「選挙に出たい」(2016年/中国・日本)が、1月5日から十三の第七芸術劇場で公開されている。
主人公は1960年生まれの李小牧さんだ。中国・湖南省出身で88年に私費留学生として来日。東京モード学園でファッションを学ぶ傍ら、新宿歌舞伎町に魅了され、ガイド業に従事した。自身をモデルにした小説『歌舞伎町案内人』(2002年)がベストセラーになり、04年には映画化された。その後、著書の出版やニューズウィーク日本版にコラムを執筆するなど作家活動も続け、独特な発想で読者のハートをつかんでいった。
「選挙に出たい」は、15年に日本国籍を取得して新宿区議選に立候補し、選挙活動を展開した李さんに密着した映画だ。監督・撮影・編集は中国河北省出身の邢菲(ケイヒ)さん。交換留学生として04年に福島大学で学んだのを皮切りに日本の大学と番組制作会社でキャリアを積み、13年にはロンドンに留学。海外のドキュメンタリー制作を学んで日本に戻ってきた彼女の初めての劇場公開作品だ(現在は北京で大学院に通学中)。
14年9月、邢菲監督は共通の友人から李さんが新宿区議会選に出馬するため帰化を申請していることを聞き、「中国出身の政治家がいない日本での李さんの出馬は、歴史的な出来事になる」と、承諾を得てカメラを回し始めた。日本国籍を取得した時の李さんの晴れやかな顔、日本国籍取得後に実家のあった場所を訪れた時の独白、出馬後の街頭演説、ビラを受け取った人の反応、心無い罵声……。150時間近く撮影した素材を、監督自身が2年がかりで78分に編集した本作は、日本社会が置かれている現状をあぶりだし、見る者の心に大きな問いを投げかけてくる。
それは例えば、改正入管法で外国人労働者への門戸を開いた日本が、異文化と共生する社会をどう作っていけるのか。低投票率が続き選挙への関心が薄れる中で、疲弊する一方の民主主義をどう守っていくのか――。これらの問いは筆者が胸に抱いたものだが、見る人の立場によって、様々な思いが、様々な問いが生まれてくることだろう。
12月1日から先行上映された東京・ポレポレ東中野に、李さんは上映21日間のうち19日駆け付けて観客と語り合ったという。「映画を見た後で、その映画に出た主人公に会えるという上映スタイルを広めたのは、僕が初めてじゃないかな」とチャーミングに笑うが、そのココロは大まじめだ。「僕は皆さんの意見が聞きたい。毎日素晴らしい意見がある」
年明けから公開された大阪でも、5日~7日の3日間は上映後にトークを行い、観客と直接会話した。「なぜ、中国で立候補しなかったのか?と聞く人がいた。それは中国の実情をよく知らないから出た質問だけど、それでも話してみないとわからないと思う。中国は一党独裁の国で、民主主義の国ではないから(普通)選挙がない。僕の父親は文化大革命で失脚して反動分子と言われ、僕自身も進路を絶たれて日本にやって来た」
一般にはあまり知られていないかもしれないが、外国人が日本国籍を取得しようとする場合のハードルはかなり高い。正当な在留資格を有し、帰化申請時まで引き続き5年以上日本に住み続けていること。素行が善良であること(犯罪歴の有無や態様、納税状況や社会への迷惑の有無等を総合的に考慮される)。生活に困らずに日本で暮らしていける生計能力があること。重国籍の防止のために原則としてそれまでの国籍を喪失すること……などの要件をすべて満たす必要がある。
在日30年の李さんに、生まれ育った故郷を懐かしむ気持ちはもちろんある。だが「中国籍には二度と戻れない」ことを覚悟した上で、この道を選び、まっすぐに進もうとしている。「日本社会には新しい風が吹かないといけないと思う。いま新宿区には世界136カ国の外国人が住んでいる。外国人比率は4年前の11.5%からさらに進み、住民の12.5%、8人に1人が外国人になった。2020年に向けて今こそ共生社会を作っていかないと」
遠くない未来に予想される共生社会をどう描くか――。日本に住む私たちは大きな宿題を与えられている。
朝日ファミリーの地元エリアでも4月7日(日)には兵庫県議会と大阪府議会、神戸市議会の議員選挙が、4月21日(日)には芦屋で市長選と市議選のダブル選挙、西宮・宝塚・伊丹・豊中・池田などの各市では市議選が予定されている。
【上映情報】第七芸術劇場で公開中。今春、元町映画館で公開。